餃子をこねてユーチューバー

「今週末餃子作りたいな」

「いいよ作ろう」

 

そう言って夫婦二人でキッチンに立つ土曜夕方。餃子の皮だなんて気の利いたものがこの国で売っているはずもなく強力粉だの薄力粉だのという何らかの白い粉からこねくり回す必要がある。長時間の作業になることは明らかだったため何らの「ながら」作業がないかと周りを見渡した。音楽を聴く、うーん悪くないけど作業に一色加えるというよりは背景に色味が増す感じがしてまだ少し物足りなさがある。何かトークテーマを設けて餃子の皮をコネコネしながら2人でペチャクチャ話す、うーん悪くないけど今わざわざ時間を割かなくても普段の生活でできる感がある。何かもう少しアクティブに行う「ながら」で、かつ普段はやり難いけれど調理中にこそできそうなことってないかな。

 

そうして思いついたのがライブ配信だった。

 

こいつは良い。iPhoneを傍らに置いておくだけで作業の邪魔にはならない上に、覗きに来てくれたフォロワーとの会話を通じて話題に広がりも生まれる。普段の生活ではまず手を出さないであろう「ライブ配信」という領域にもこれを機に足を踏み入れることができる。三方良しだ。そして実際に実行へと移してみると当初の想定よりも面白いことが多く発生した。ここではそのうち3つを紹介する。

 

1つは日本の友人との精神距離がぐんと縮んだことだ。実際何人かの友人が配信を覗きに来てくれ更にコメントをくれたが、そこまでは事前に想定できたことだ。しかしこういうことが起こるだろうという「事実」までは想像できてもその先にある自分の「精神」にまでは思いを馳せることができていなかった。びっくりするぐらい友達と繋がった感あんの配信て。そもそも砂漠の真ん中にポツンと孤立した国で妻と2人暮らしという生活は多かれ少なかれ孤独が付きまとう。もちろん妻が一緒に暮らしてくれていることの恩恵は計り知れないし現地の同僚やこちらでできた友人は生活のあらゆる面でサポートしてくれるこれ以上ない程ありがたい存在だ。しかし一方でスマホからSNSを通して見えてくる情報・コミュニケーションの大半は地球の裏側での盛り上がりが反映されており、そこからの疎外感は少なからず横たわっている。SNSのような多対多の場でメンションを飛ばし合って会話するのも少し距離感を感じる、しかし突然LINEのような1対1の場で突撃するような理由も話題もない、そんな自分にライブ配信はちょうどよい塩梅をもたらしてくれた。ただ餃子の皮をこねるだけの動画に一定時間付き合ってくれた友人には感謝が絶えない。

 

2つ目はハプニングによるオモシロ展開だ。どうやら強力粉の分量を間違えたことによって本来しっとりするはずの生地がこねれどもこねれども一向に乾燥状態を脱さない。当初はサザンを陽気に口ずさみながら手を粉に浸していた自分の心境も徐々に険しくなりいつしか君が代の旋律に乗った厳めしい手つきに変わっていった。このさざれ石のような生地、マジで千代に八千代に巌となんじゃねえのかと疑心暗鬼になる状況は一歩間違えれば本来楽しいはずの夫婦クッキングコーナーに不穏な空気をもたらしかねない。天才松本がごっつええ感じに降臨させたキャシィ塚本という名の魔物はワタナベ家の台所にはお呼びでない。そんな中救いの手を差し伸べてくれたのが配信に寄せられたコメントだ。心配を寄せる声、ハプニングからの脱し方を示してくれる声、「まだこねてる場面しか見てない」とシュールな時間を笑いに変えてくれる声、全ての声がともすればカナシミ展開であったこの状況をオモシロ展開へと導いてくれた。

 

3つ目の想定外としてインスタの投稿に対するいいねが激増した。ワタナベ家では記録のためにほとんど毎日の晩御飯を写真に収め投稿している。今回もライブ配信が終わって例に漏れず餃子を含めた食卓の様子を投稿したが、なんと普段の晩御飯投稿の約2倍のいいねが付いた。一つの大きい理由は普段スナップショットとしての機能しか果たしていない投稿(=出来上がりだけ共有)に出来上がりに至るまでの紆余曲折も加えること(=プロセスも共有)で物語性が生まれたことにあろうと踏んでいる。普段であれば「美味しそうだね」「いつも愛妻の手作り飯にありつけて幸せですね」のいいねしか獲得できなかったところを今回は「あの配信してた餃子、結局できたんだ!良かったね!」「失敗しそうな雰囲気だったけど案外美味しそうじゃん!」等の普段は生じえなかったいいねも拾えたようだ。

 

今働くオフィスには40代でインスタグラマーの女性がいる。彼女は趣味でヨガの先生をやっておりその様子をストーリーに逐一投稿している。自分の感覚では一つも違和感のない行為だが同世代の人に言わせてみると「自分のプライベートを世界に晒すなんてどういう感覚なんだろう、考えられない」ことらしい。今回のようにちょっとかじってみただけで面白い体験や発見があると思うと食べず嫌いせず新しいことにはひたすら足を踏み入れ続けれる人でありたいなと改めて意を決する。ワタナベがyoutuberになる日も遠くないかもしれない。