期待操作

僕「そうだ、今夜映画観よっか」

妻「うん!」

 

朝家を出る直前に半ば思いつきで提案したところ思いの外勢いよく返事をしてきた妻の顔には満面の笑みが浮かんでいた。まるで夜の映画を楽しみにしていたら今日1日をウキウキして過ごせると言わんばかりの輝かしい笑顔だった。そしてそんな風に妻が思ってくれてるといいなーと朝見た笑顔を思い浮かべながらまた僕も1日仕事を頑張れるのであった。完

 

~~ここまで妄想、ここから冷静~~

 

というドラマみたいなことってあったら嬉しいじゃないですか。あったっちゃあったんですけど。

一応冒頭の妄想は妄想と言いながらも自分の頭の中では事実だ。確かにこの会話は実際の出来事だったし、確かにその時の妻の顔は満面の笑みに見えた。そしてその笑顔が「今日1日ウキウキして過ごせるよ!」と言っているようにも見えた。しかしこの辺りから妄想の支配する部分が大きくなることは皆さんの目にも明らかだろう。彼女の顔がそう言っているように「見えた」のは紛れもなく自分がそう言って欲しいと「思った」からに他ならない。僕自身の願望が僕の脳から目を飛び出して彼女の顔面にマスクのように覆いかぶさり、そのマスクがたった今通って来た道をそのまま逆流して僕の目を通り脳に届く頃にはこのどうしようもない脳みそは一瞬前の出来事すら忘れ去ってしまっている。自分から放たれた願望の跳ね返りであることにも気付かずあたかも純粋な外部刺激であるかのように受け取り結果的にワタナベは小躍りする。挙げ句の果てに1日のエネルギーがこの妄想に端を欲して供給されるのだからつくづく目出度い動物だ。

せっかく本人が隣にいるので答え合わせをしてみよう。

 

「昨日うん!て言ったときどんな気持ちだった?」

「覚えてない」

 

グッドアンサーだ。この後もう少し掘ってみても「普通に嬉しかった(棒読み)」という返事が返ってくるばかりで遂には「今日1日ウキウキして過ごせる!とか思った?」という48グループ握手会常連な太客顔負けの粘着系質問も投げてみたが「え?どういうこと?」と一蹴。握手会に来たつもりがSMクラブへ迷い込んでしまったようだ。とにかく幾分かの痛手を負いながらも自分の妄想は本当に妄想だったという証明が完了した。肉を切らせて骨を絶ってやったぞ世の中のドMな同志たちよ。

 

~~ここまでキモ話、ここからエエ話~~

 

幼少期、自分が熱を出して寝込んでいるとき父から投げかけられた一言が強烈に記憶として刻まれている。

「治ったら何が食べたい?」

自分がそれに何と答えたかすら覚えていないが、とにかくこの一言に救われたことだけが感覚として頭に残っている。10歳かそこらの少年が高熱にうなされている、そもそも会話するのもしんどいような状態だ。心配してもらっていると分かっていながらも熱はどう?夜ご飯食べれそう?りんごぐらいなら大丈夫そう?と聞かれその度にウーンと唸り声を上げることすら苦痛だった。話しかけるんだったら自分の状態を少しでもラクにしてくれる言葉を投げかけてくれ、そうでないなら放っておいてくれという極めて身勝手な気持ちになったことをよく覚えている。そんな中仕事の合間に家に寄ってくれた父が自分の枕元へ来るなり放った一言が「治ったら何が食べたい?」だった。瞬間、一時的ではあるが意識が熱に侵されている自分の体を離れ妄想の世界に生きる健康体な自分へと憑依した。もう一人の自分はもうもうと立ち上る煙を前に威勢良く肉をかき込んでいた。

 

「焼肉」

「焼肉か。分かった。じゃあ治ったら行こう。それじゃおやすみ」

 

そう言って父は仕事に戻っていった。一瞬でも心が前向きになり体もラクになるという魔法を体験した僕はなんつーすげえ質問なんだと幼心に感銘を受けた。(そして書きながら思い出したが僕の答えは確かに焼肉だった。追体験は海馬の錆びた部分に油を差してくれるようだ。)このことが脳裏に焼き付いているため結婚生活が始まってからはたまに妻が体調を崩すと「治ったら何が食べたい?」と聞いたりしている。自分のできる数少ない手助けだと思って。

 

~~ここまで出来事、ここからまとめ~~

 

今を頑張るためのレバーが、妄想中の未来に設置してあるというケースは珍しいことではないだろう。さらに冒頭の妄想に関しては、日中仕事を頑張る自分は「過去の」妻の笑顔に駆り立てられている節もあれば「今この瞬間」妻が楽しみに待っているだろうという妄想によって火が付いている節すらある。共通しているのはいずれのレバーも自らの妄想が生み出した虚無であるということだ。妄想はときに人を極端へと走らせることもあるが(それこそ48グループの太客のように)、上手に付き合いさえすれば今この瞬間を輝かしいひとときに昇華してくれる最高のパートナーでもある。

半年後の旅行だろうと、来週の焼肉だろうと、今夜の映画だろうと、もしくはもっと実態のない虚構だろうと、自分のレバーがどういう場所に潜んでいるか掘り進めると同時に、できれば周りの人のレバーをひょいと引いてあげ続けるのが幸せな人生だろう。

 

〜〜ここまで女性向け、ここから男性向け〜〜

 

実態のない虚構がなんのことだかイマイチピンとこない諸君のために「着衣巨乳」という素敵な例を差し上げよう。秘密のベールに閉ざされたたわわな膨らみに多くの男性が心揺さぶられることは2chに寄せられる「エッッッッッッッ」「ふーん、エッチじゃん」等の多数コメントからも明らかだ。そもそもこのジャンル名が物語るように彼らは、我々は、この聖域において衣服の奥を暴きたい訳ではない。暴いたところで「なんか違う」「さっきの方が良かった」と白けるのが関の山だ。楽しみは妄想の中にこそ、「この奥にとんでもないものが潜んでいるぞ」という期待の中にこそ、眠っているのだ。しかし実際に潜んでいようがいまいが、そこに辿り着いてしまった途端に先程までのトキメキは雲散霧消してしまう。これこそ実態のない虚構そのものであり、そしてそれに駆り立てられる男どもの健気な姿を垣間見るまたとない観察現場なのだ。