乳出さずともヴィーナス

黄金比をご存知だろうか。1:1.618で知られる比率のことだ。有名どころだとモナリザの顔の縦横比、パルテノン神殿の縦横比、金閣寺の縦横比などで見ることができる。卑近な例だとappleのロゴであるりんごちゃんはこれでもかとばかりに黄金比がふんだんに散りばめられていることで名高い。

まーたまた。黄金だかプラチナだか知らないけど誰かが勝手に言い出しただけでしょう。耽りたい人が耽ってればいいんじゃない。

どこか斜に構えた自分はそんな風に白けていた節もあった。

 

作夏ヨーロッパをフラフラする中でルーヴル美術館に行く機会があった。誰しもが口を揃えて言うように広大な敷地の中を限られた時間で見切ることは到底不可能で半ば駆け足で目当ての美術品だけを掻い摘んで鑑賞していった。その中の一つに著名な彫刻であるアフロディーテ、通称ミロのヴィーナスがあった。両腕がほとんどなく、体を少しくねらせているあの女性の彫刻だ。彼女もその体の随所に黄金比が隠されていることでしばしば言及される好例だが、そもそも美術に疎い上に彫刻なんて門外漢もええところという自分はミーハー心以外の何を携えて行けば良いかも分からず、満足な心の準備も整わないまま彼女の佇む部屋へ足を踏み入れた。

まーたまた。ヴィーナスだかジーザスだか知らないけど歴史の中で紆余曲折あって神格化されてるんでしょう。ヒョッコリ顔出したペーペーの自分に何が理解できるって言うんだい。

どこかミーハーにはなるまいと牽制をかけていた自分は彼女とご対面するや否や完全に虚を衝かれる思いだった。意味分かんないぐらい美しいの。

 

え、何でだろう。え、意味が分からない。ふ、不思議だね~~~美しいね~~~

と一通り頭を捻るほどには「理由は分からないのだけど、問答無用で美しい」という状態がそこにあった。他にも数多く並んでいたどの彫刻を眺めても同じ心境に陥るものには出会わなかった。後日アテネにてこれまた大量の彫刻を鑑賞したがやはり同じ体験を再現することはなかった。ヴィーナスだけが圧倒的に目を惹きつけて止まなかったのだ。

 

そんなことを半分忘れ去りながら、昨日本を読んでいると面白い記述に出会った。2007年に行われたある科学実験で、黄金比の彫刻が映った写真とそれを少しデフォルメして比率を崩した状態の写真を見せながら人の脳活動を測定したところ、黄金比を目にした人の脳ではある部分が活性状態に至ったそうだ。またその本では脳内の美を感じる部分が報酬系と連動していること、また人間は数百万年前の原始人時代に石器を削って道具としていたがその道具の出来によって生き延びる確率が左右されるため良い出来の石器(=黄金比を持つ石)に魅力を感じるような種が残り、その子孫がすなわち現代を生きる我々であるという説も紹介していた。なるほど嘘か本当かはさておき何かのはずみで僕らの遺伝子には1:1.618というバランスに問答無用でウッヒョ~~~気持ちイイ~~~と反応してしまう要素が残っているのだとしたら自分のヴィーナスに対する不思議印象も納得のいく結果として受け止められる。

そうと分かればくよくよ頭を抱えず美しいと感じるものをもっと見つけていきたいし、自分でも作っていきたい。ZOZOスーツも良いけど、ピッタリを目指すのではなく自分の体型に黄金比をもたらしてくれる服もアリかもしれない。