うんこがアキレス腱を伸ばすとき

2週間ぶりの妻のご飯に旨い旨いとありつく自分をよそに彼女はため息を漏らす。聞けば冷蔵庫の中がほとんど空っぽでロクに料理が出来ないため早く買い物に行きたいと言う。じゃあ今自分が食べているきんぴらたちはどうしたのかと聞くと乾燥野菜を使ったとのこと。全然おいしいねーと呑気な自分に一言「でも乾燥野菜って栄養価が高いんだって!」。瞬間、厄介な旦那モードのスイッチがオンしてしまう。

 

「なんで乾燥野菜の栄養価は高いんだろう?」

 

食事中に面倒臭くて本当ごめんなさいの気持ちを抱きながらも乾燥野菜の栄養価が高い理由がなんなのかという疑問を止めることができない。乾燥したら水分が抜けてその分栄養が凝縮するんじゃないのと言う妻にそれじゃ大根一本の持つ栄養の絶対量は乾燥していようがいまいが変わらなくて、乾燥することで密度が上がってるだけだよね、生大根1本食べるのと乾燥大根1本食べるので摂取できる栄養量は同じじゃない?と自分で言っててもクソ面倒臭い非モテなやつだなと自己嫌悪に陥るワタナベ。そもそも栄養価って何者なんだという疑問もひっくるめて毎度の如くグーグル先生に教えを請う。乾燥野菜・栄養価でヒットする目ぼしいページに片っ端から目を通してみる。

 

>野菜にビタミンD・ビタミンB群・カルシウム・鉄分・ナイアシン・食物繊維が含まれている場合、これらは天日干しにすることによって栄養価がアップする事が分かっています。

 

ヤバイ。早速開いたページでヤバイ説明文に出会ってしまった。実に難解な日本語だ。「~場合、」までは理解できるが問題は後半だ。いつも国語の点数だけが断トツに悪かった自分では役不足であることを承知で後半の分解を試みたい。

「これら」は複数形であることと文の流れからなんとなく「ビタミンD~食物繊維」のことを指すのかと思いきや、その後の内容から恐らく天日干しにされる対象であるように読めるので「野菜」を指しているようだ。そしてさも「これら」が主語であるだろうと想定して最後まで読み進めるとどうにも気持ち悪さを拭えない。述語である「分かっています」は「栄養価がアップする事」を主語として受けているように思えてならない。つまり「これらは」の「は」は目的語を表しているようだ。これを踏まえて僕みたいな国語音痴にもフレンドリーな形に書き直すと

 

>これら野菜を天日干しにすることによって、そこに含まれる栄養価がアップすることが分かっています

 

となる。なるほど日本語は幾分か落ち着きを取り戻した。それにしても問題はまだ山積みだ。まず栄養価が何のことなのか説明しているようで一切説明していない。「ビタミンD~食物繊維」を含む野菜を干すと「栄養価」がアップするらしいがいかんせん「ビタミンD~食物繊維」=「栄養価」とは一言も言っていない。もし栄養価がうんこのことを指す世界に我々が暮らしている場合「ビタミンD~食物繊維を含む野菜を天日干しにするとブリブリうんこするよー」ということになる。困った一文だ。そしてもう一つ悩ましいのが「アップする事が分かっています」だ。あなたは何を分かっているのだ。アップするって何だ。量が増えると言いたいのか、ポケモンのレベルアップのように栄養価に進化前・進化後があると言いたいのか、はたまた栄養価選手がウォーミングアップを始めるとでも言いたいのか。天日干しにされた野菜たちの体内でうんこが一斉にアキレス腱を伸ばし始める世界もそれはそれで面白そうだ。ラチがあかないので次のページに移動してみる。

 

>干し野菜には様々なメリットがありますが、最も注目したいのは、栄養価が高まることです。天日干しにする事で、野菜に含まれるビタミンD・ビタミンB群・カルシウム・鉄分・ナイアシンがアップする事が報告されています。

 

こちらは栄養価問題に解答を提示してくれた。繰り返し表現から読み取れる通り栄養価とはビタミンDナイアシンを指しているらしい。しかしここでもアップする問題が残留している。アップする先輩はクラスの中心的な存在らしくあっちのサイトもこっちのサイトもこぞってアップするという表現に終始している。「栄養価」が「アップする」。「ナイアシン」が「アップする」。頼む、頼むから具体的にどういう状態に至っているのか描写してくれ。ここらでいい加減栄養価をググろう。

 

>【栄養価】 食品の栄養としての価値。 たんぱく質・脂肪・炭水化物・ビタミン・無機物質・繊維質などの成分の質と量によって表すが、消化吸収率に左右される。

 

質と量によって表される価値とな。なるほどすると「アップする」とは質もしくは量もしくはその両方が増加することを指すらしい。栄養価から離れ再び乾燥野菜について更なる検索を続け遂に金言と出会う。

 

>例をあげると、きのこ類にはビタミンDがもともと豊富に含まれますが、干し野菜にすることでさらにビタミンDの含有量がアップします。

 

量のことでしたか。なるほどビタミンDは日光に当たることで体内で生成されるって言いますもんね。そりゃ納得。

この後より信頼できそうなページ・遂には論文を当たると「栄養価がアップする」という表現に2つの意味が含まれるであろうことが分かった。1つは天日干しによって起きる縮合反応という化学反応によって数種類の栄養素が錬金術のようにして生成されるという意味。もう1つは水分を飛ばすことによって栄養素が乾燥部分に凝縮し、質量あたりの栄養量が増える=生の大根1本で満腹になる人も乾燥大根だったら2本食べれちゃうよね!倍の栄養オメデトウ!ということらしい。

 

ググればなんでも分かる時代かもしれないが、正確な知識に辿り着くにはまだまだ個々人の努力を要するしそこから結論を導くには尚のこと一捻りが必要だ。上の2つの意味だって誰かがそう言っていた訳ではなく自分が勝手に見出したものだ(当然間違いがあるかもしれない)。この一苦労を怠ると気付かぬ内にうんこがアキレス腱を伸ばしている世界を万歳万歳と受け入れることになりかねない。