やりたいこと見つけたい症候群

23歳夏、大学院一年生のときに6週間のインターンへ参加した。ただでさえハナタレ小僧で十人並み学生だった自分が突然社会人の中に飛び込むという状況にこの上なく右往左往な心境だったが、加えて飛び込んだ先が外資系メーカーかつ取り扱う商材は化粧品という環境が輪をかけて外界と心の内とのコントラストを明確にした。オフィスで働く大半の先輩が長髪バッサー!まつ毛ビューン!笑顔キラキラー!な女性社員であり、そんなお姉様方に囲まれて新宿で働く毎日はいかにも映画の描写でありそうな東京に出てきた田舎者そのものだった。

 

インターン1日目、人事の方から一通りの説明が終わると配属先の担当先輩についてチーム内に挨拶をして回った。大半のコミュニケーションは日本語でつつがなく済んでいくがなにせここは外資系企業だ。当然のことながら一定数の外国人社員も同じオフィス空間で働いており、何の前触れもなく外国人同僚への挨拶が発生する。帰国子女だった先輩は流暢な英語で紹介を続ける。

「こちらワタナベさん、今日からインターンでうちのチームにやってきました。こちら社員の〇〇さん。〇〇を担当されてます。」

1ミリも捻りのない超入門編の語彙しか使われていない、中学一年生の冒頭で習うような英会話だ。HiでもNice to meet youでも言えれば即刻合格点の場面だ。

しかし当時のワタナベはHiもNice to meet youも発することができなかった。ただぎこちなく会釈をしてやり過ごした。ガイコクジンとハナシタケイケンが余りにも乏しく、瞬間的な緊張によって呆気にとられている内に気付けばもう別の人への挨拶へ向かっていた。更に言えば先輩の発した簡単な紹介も聞き取ることが出来なかったため正確には本当に超入門編の語彙のみだったかすら定かではない。

 

同じインターン生の中には帰国子女や留学経験者もいた。彼らはインターンながら業務でも英語・フランス語を活用して役割を全うしていた。ランチをとりながら面接時の話を聞くと、彼らの場合は突然英語でのやりとりが始まり語学力を見定められたとのことだった。Hiすら口をついて出てこない自分にとっては到底別世界のように感じた。不思議なほどに心の中で彼らは彼ら、自分は自分という線引きを明確にしていたため悔しさや憧れのような感情すら抱かなかった。この時の自分は生まれてこの方まだ一度も日本から出たこともなかったし特別出たいとも思っていなかった。海外とか外国語に対して潔いほどに無関心だった。

 

時は経ち4年後の今、ワタナベは異国の地で英語ばかり使って仕事をしているし隙あらば海外旅行の機会を伺っている。まるで別人だ。何が自分を変えたのだろう。

4年前と現在を比べてそのギャップを「別人」と表すとき、その表現が指す対象は第三者から観察可能なワタナベの「能力」と、観察の難しいワタナベの「精神」という2つの世界がある。前者の「能力」について今回は文字を浪費するつもりはない。能力をつけたい人はつければ良いし、その方法論は世の中に溢れかえっている。英語を話せなかった自分はスクールに通ったり研究室の留学生と話したりして徐々に話せるようになった、はい別人、以上終了だ。

 

より興味深いのは後者、「精神」の話だ。そもそも人はどうやって「能力をつけたい」というモチベーションを得るのか、かつては海外に微塵も興味なかった自分がどうして積極的に海外旅行を志向するようになったのか。自分なりの答えを一言で表せば「環境が全て決める」だ。

 

英語に関しては研究室で英語で話さねばならない機会が増えた、会社で英語で話さねばならない機会が増えた、海外赴任することになり英語が絶対必要になった等、強制力・切迫感の強い環境が身に降りかかることで心境にも変化が訪れた。それまで英語に無関心だったワタナベの精神は「英語力をつけたい」という前向きな気持ちとまではいかないまでも「英語力をつけないとマズイ」という思いを抱くようになり、結果的に能力を身につけるための具体的な行動に移るようになった。

海外旅行に関しては中東に身を置いた結果心身共に制限時間付きのボーナスステージに突入した感覚だ。少なくとも向こう数年の任期中はヨーロッパへもアフリカへも数時間で往復でき、フライトさえ選べば1万円前後でも行って帰れる。この4年間、友人や妻に誘われながら少しずつ海外旅行の経験を積んでその魅力を知り、今では限られた任期内で出来るだけ未踏の地に足を運ぼうとしている。今の自分が日本にいたら恐らくここまでの渇望感は抱かなかっただろう。ポイントは「旅行しなかっただろう」ではなく「旅行したいと思わなかっただろう」である点だ。今身を置く環境がワタナベの心をして「〇〇したい」と思わせているのだ。

 

どうやらここでいう環境とは外界からの要請、制限時間の存在、時間的・経済的余裕の3つを指しているようだ。確かに責任が伴うことで心境が変わる、強烈に死を意識することで考え方が変わる、時間・お金を手に入れることで性格が変わるというのはいずれも聞いたことある話だ。

気をつけておきたいのは単発のイベントでは精神変化をもたらすには役不足かもしれないという点だ。Hiすら言えなかったという今でも脳裏に焼き付いている恥ずかしい経験をしても尚、英語を勉強したいというモチベーションには繋がらなかったという前例が語るように、ちょっとやそっとの衝撃で人は(少なくとも自分は)変わることができない。内面を変えるためには一回の劇薬よりも毎日の常備薬を試みた方が良い。

 

最近、ビル・カニンガム ニューヨークという映画を観た。最期までニューヨークでファッション写真を撮り続けたビルというお爺さんのドキュメンタリーだ。彼は80歳を超えても朝から晩までニューヨーク中を自転車で駆け回り、シャッターを切り続けていた。お金を貰ってしまうと自分の自由が奪われると言って不必要な金銭オファーは全て断り、共同シャワー・トイレの狭い部屋に住み続け、室内には大量のネガとアルバムが溢れかえっていた。家族も持たず趣味も持たず究極のワーク・アズ・ライフを体現していた。彼は映画中で終始満面の笑みで語り、幸せそうにカメラを覗いていた。微塵も迷いを見せないその姿はこの上なく羨ましく映った。

 

ビルのように強く「〇〇したい」を抱き、自分の心に従い幸せを体現するためにも、まずは様々な環境に身を投じて自分の精神を知るところから始めるのがパンピーにできる一つの方法だろう。「自分は〇〇したい」と自己暗示をかけることよりもどこかの環境に飛び込む方が簡単だし、心はその後から必ず付いてくる。いろんな心のピタゴラスイッチを観察する過程で自分にとってのサンクチュアリに近付けるだろう。