おもろいボーイ

遂に妻の子供と見間違えられた。「若く見られるのは良いことだ」と日々優しい言葉をかけて頂くことが多くなったのもひとえに国外に住み出して以降ヤンガーに判別されることが格段に増えたからに他ならない。そしてそのようなフォローを貰うたび自分は如何ともし難い複雑な心境に迷い込む毎日だ。

 

昨日、冷蔵庫内の飲料が底を尽きたためスーパーに足を運んだ。巨大なペットボトル水の箱買いに加え、ついでにビールもレジへ持って行ったところお馴染みのシチュエーションに遭遇する。

「IDを見せろ」

ははーん、出たな。そちらがそう来ることはお見通しなんだ。普段キーケースを右ポケットに潜ませるばかりで極力の身軽・手ブラを望む僕が、なぜ左ポケットにわざわざパスポートを忍ばせているかご存知だろうか?もちろん年確されるからだ。もはや待ってましたと言わんばかりにドヤ顔で店員さんにパスポートを渡すワタナベ。”Show me your ID”のDに被せる勢いで飛び出してきたパスポートを前に思わずタジタジの店員さん。後ろに並んでいた大柄なアメリカ人が一連のやり取りを見て突然舞台袖からステージに躍り出て来る。

 

アメ爺「どうしたっていうんだ?タバコでも買うつもりなのか?ガッハッハ」

店員氏「いやビールだよ」

アメ爺「あっはーんアルコールか。若く見られるのはいいことだ!ガッハッハ」

ワタナ「いつものことだからいいんだ。一応これでも26歳なんだけど」

店員氏「26!?嘘だろ26!?俺より全然年上やんけ」

 

いやあんた今パスポートの何を見ていたんだ。生年月日ではなく渡航歴でも確認していたというのか。

 

アメ爺「ガッハッハ、俺なんてもう100歳を超えたようなナリしてるから絶対に年齢なんて聞かれないぜ!ちっせえ頃から年齢なんて聞かれたこともないぜ!100歳だ!ガッハッハ」

 

ちょっと僕にはそれがどういうタイプのアメリカンジョークなのかも判別できないし例えそれが何リカンジョークだとしても笑いのツボを見いだすことが甚だ難しくはははーと乾いた愛想笑いを発することしか出来なかったので水とビールを一杯に抱えてそそくさと退散。

 

数あるご近所スーパーの中でも値段や品揃え、価格帯は当然のことながら様々だ。そしてビールを買おうと思うと一番安く手に入れられるのが件のスーパーであり、僕は過去既に一度ここで痛い目に合っている。W杯期間、偶然にもこのスーパーの前を通りかかった。若干薄暗い店内は入店への心理的ハードルを上げそれまで中に入ったことはなかったのだが、この日は様子が違った。W杯セールと題してなんとビールが半額で売れられており、店頭には輝く黄金水が山のように積み上げられているではないか。人はそこに山があれば山に登るし、そこにビールの山があればビールを山のように飲む。ビールを飲みたいという気持ちと、偶然にもW杯開催時期であるということと、偶然にも人生のそのタイミングでこの国にいるということと、ビールを飲みたいという気持ちと、偶然にもスーパーの店長がサッカー大好きマンであることと、ビールを飲みたいという気持ちと、偶然にもそのスーパーの前を通ったということと、ビールを飲みたいという気持ちと、ビールを飲みたいという気持ちが奇跡的に合致して生まれたこの出会い(セレンディピティ)。ここぞとばかりに持てる限りのケースをレジへと運び、紙幣を差し出す。そして飛び出る「IDを見せろ」。

 

タイミングが良くなかった。ちょうどこの前日、日本人と話をする中で諸先輩方から「パスポートを常備するのはちょっとリスキーだし、主要ページを写メっておけば大抵の場合スマホ見せるだけで問題ないよ」と教えて頂いたばかりだった。翌日から早速パスポートを家に残していた僕はいきなりアドバイスの恩恵を受けられるわラッキラッキーと紋所のようにスマホをかざす。鼻で笑うおっちゃん店員。あれ?写真が効かない。何かを勘違いされているのだろうと丁寧に画面の説明するワタナベ。本物のパスポートじゃないと認めないと全く取り合ってくれないおっちゃん。普段は争いを避けて避けて生きる動物が半額ビールを前に珍しく食い下がるも攻防虚しく敢え無く撤退。これを機に持ち運びが煩わしかろうがちょっとリスキーだろうが結局パスポートを持ち運ぶことになる。さようなら幻の手ぶらな1日。

そして昨日久しぶりに同じスーパーで買い物をすると案の定年齢確認を迫られ台本通りパスポートを提示したところまでがハイライトだ。

 

一連の出来事を妻に報告したところ発覚した衝撃の事実が冒頭の内容となる。

「だってしんくんこの前、私の子供?って言われたもんね~仕方ないよね~」

え、ちょっと待ってそれ知らない。詳しく聞くと話は1ヶ月ほど前に遡った。ある週末自分は妻と2人でワイナリーを訪れた。そこで赤ワイン好きの若夫婦はそれはもう体内を巡る血が赤ワインに取って代わられるのではなかろうかという勢いで片っ端からテイスティングを楽しませて頂いた。自分たち以外には1組の団体客と1組の老夫婦がそれぞれ少し離れたテーブルで同様にグラスを傾け楽しんでいる。暫くのちテイスティングを終えワイナリー内を物色していると妻が満面の笑みを顔に貼り付けてこちらに近づいてくる。聞くと先ほど隣でテイスティングをしていた老夫婦と少し話したという。今回補完した情報も加えるとその時の会話はこんな感じだ。

 

老「ちょっとあなた」

妻「はい、どうされましたか?」

老「あなたも随分若く見えるけれども、一緒にいた方はお幾つなの?」

妻「一応私も彼も26歳です」

老「26!16ぐらいかと思ってたわ。でもワインを飲んでるしおかしいなと話していたのよ。あの男性は女性の子供かしら、それとも2人は夫婦かしら、ってずっと不思議に見てたのよ~」

妻「あはは~一応夫婦です~」

 

念の為お伝えしておくと自分の妻も大概若く見えると僕は思っている。小さな丸襟のついたふんわり服を着ているときなど、スモッグを着た幼稚園生という表現がつい口を衝いて出てしまうほどだ。絶大な化粧パワーを加味しても尚その妻の子供に見えたという感想は心に刺さったと言わざるを得ない。

 

若く見られることそのものは多少の面倒はあれど基本嬉しいことだとして、とにかく仕事で一手間増えるのが何よりも悩ましい。身一つで見知らぬ人と会話を始めるとき必ず「今何の勉強をしてるの?」から始まり本題への距離を縮めるのに一定の時間と労力を要する。名刺の力、会う場所・シチュエーションの力、紹介者の力、そして何より本人の実績・地名度など様々な要因が当人の広義の肩書きを形成すると理解しつつ、極力ことを運びやすくするセルフブランディングを模索して行きたい。異国の地でおもろいボーイになれたらそれこそおもろい。