全身タイツのキャメロンディアス

我が家の駐車場ゲートが開けっぱになっていることしばしば。この種の無精はもう慣れっこだ。

道行く車が車線を無視して蛇行する光景は当然のこととして受け入れられるようになった。左ウィンカーを出しながら右折するセダンも、中央分離帯を跨ぎながら運転するミニバンも、その光景を見るにつけズボラ加減に愕然とすることはもうなくなった。3日に1回駐車場ゲートが閉じられていなかろうがそれはこの国では林檎が空から地面へ落ちることほど自然な現象だ。2000年代のイチローがゲートでバットを構えていると思おう。ゲートが開きっぱなしになっている度膝を叩いて喜ぼう。

 

自分が今のアパートに引っ越してきた2ヶ月前には数台の車が駐車場を利用していたが、居住者出入りを経て最近では我が家含め2台の車しか停まっていない。それでもゲートオープン事件は変わらぬ頻度で起こり続ける。ピーン閃いた。物語序盤にして早々に麻酔銃の出番だ。もう一台の車にサッカーボールを蹴り込む準備をしよう。

とは言え自分は車の中に金銀財宝を潜ませている訳でもなければ家の周りが特別治安の悪い地域でもない。心穏やかにゲートのことは気にせず生活していた。勝手にしやがれバーロォ。

 

そんなある日、自分の車に紙が挟まっていた。手書きの文字でこう書き殴られている。

「どうかゲートをきちんと閉めてくださいますか。プライベートな駐車スペースのセキュリティを守る上でロックはとても大切です。どうぞよろしく。」

 

あれーーーおかしいですね、あれ、これ、あれれーーー。こうやってこうやってこうやって、これ、後手玉が頓死?頓死なの?詰んでますね、ひゃーーーーー。と一二三先生が脳内で木霊した。突然問題が難しくなったんだがどうしてくれよう。簡単簡単麻酔銃ピシーとか言ってた自分が恥ずかしい。コナン君になり切ってた若干26歳恥ずかしい。コナン君やってたつもりが分かりましたぞ警部殿!と小躍りする小五郎そのものだったのが輪を掛けて恥ずかしい。

自分はもう一台の車のオーナーに怪しまれている。新たに判明した驚愕の事実、青天の霹靂。バーロォとか言ってほっといてる場合じゃなかった。真実はいつも一つ!と高らかに自ら切り込むべきだった。

 

そのオーナーが何階の住人だかも知らない。駐車場でたった一度、あろうことか自分が両手にビールを抱え帰ってきたところでばったり出会っただけだ。豊かなブロンドを携えメリーに首ったけ時代のキャメロンディアスを彷彿とするようなキュートな微笑みを見せてくれるおばちゃんだった。自分の両手が塞がってるのを見るや否や、代わりにゲートを閉めてくれ、微笑んで去っていった。

そのときコナン君は思った。「騙されちゃダメだ!真実はいつも一つ!犯人め!麻酔銃ピシピシー!」

そのときキャメロンディアスは思った。「このチビアジア人いつも酒で両手塞いでゲート閉め忘れとんのか。」

 

とにかく誤解を解かなくては。敵の敵は味方であるという公式を一刻も早くキャメロンとの間に導入せねば。その一心で紙を引ったくり、裏側にメッセージを認めた。

「それはまさに僕も考えていたことです。もしかするとゲートに問題があるのかもしれませんね。お互い開閉時にはダブルチェックを心掛けましょう。どうぞよろしく。」

焦りすぎてボブネミミッミ顔負けの悲惨なフォントになっていたであろう。いの一番に相手のフロントガラスへと紙をお返しし、自分の車へと乗り込む。

 

その日オフィスまでの旅路はゲートのことで頭いっぱいだ。犯人は誰なんだ?そしてキャメロンは本当に犯人ではないのか?全身黒タイツの幻影とキャメロンディアスの顔が交互に脳裏を過ぎる。黒タイツ、キャメロン、黒タイツを履いたキャメロン、キャメロンの黒タイツ。

第一線で活躍されているコンサルの方が「難しいお題を貰ったとき、クライアントまでの行きしなの車内で解決策をn個考えた」とおっしゃっていたことを思い出し、ここぞとばかりに自分も頭をフル回転させ複数の可能性を導き出した。1.電気系統の不具合。2.お化けの仕業。3.キャメロンがボケてる。4.ゴーストの仕業。4.僕がボケてる。5.ポルターガイストの仕業。

 

もはや過半数を非科学的事象に委ねようとしている時点で僕がボケてるに収斂することには論を俟たない。正直言うとリモコンの角度によってゲートが作動しないことがあるため毎回ボタンを数度押すことになり、それによって2回分の入力が送信されているというのが関の山だろうと考えていた。

しかし次の瞬間転機が訪れる。又の名をHIRAMEKI。3月の光景が突如として蘇る。内見のために不動産会社に連れられ初めてこの家を訪れたとき、部屋だけでなく駐車場にも案内された。1階と地下1階の駐車場、どっちがいい?と言われながら渡されたリモコンには2つのボタンが付いていた。一方で1階、もう一方で地下1階のゲートを開閉する。ゲートの場所はそれぞれ建物の反対側に位置する。どっちでもいいよーと言いながら1階のゲートを開けようとしても全然作動しない。すると建物の反対側から大家さんの「おーいシン今こっち開けたかー?」という声がする。あれ、逆のボタン押しちゃったのかなーと言う自分。

訳も無い光景を捨てずにいてくれた我が海馬、ありがとう。このタイミングで記憶をサルベージしてくれた我がシナプス達、ありがとう。小五郎からコナンへ近付けたかもありがとう。1階の駐車場ユーザーが地下のボタンを間違えて押しているのだろう。そして気付かないまま放置されているのだろう。あースッキリ。

 

しかしこの問題の解決は思ったより面倒そうだ。管理会社に説明し、住人のもつリモコンを一新してもらう?1階ユーザーに軒並み説明し、注意喚起を促す?最悪ゲートが開けっ放しでも構わない自分にとってはどれも面倒だ。そして今はゲートの開けっ放しを阻止することよりもキャメロンに安心してもらうことの方が重要だ。

キャメロン今頃疑心暗鬼かもしれない。ビール抱えて帰ってくるキッズ同様のアジア人に勇気を振り絞って忠告するもまさかの返信を受け取り行き場のない疑念を抱えているかもしれない。おかしいわね・・・壊れているようには見えないけど・・・と何度も開閉を試しちゃってるかもしれない。キャメロンの素敵な笑顔を曇らせるわけにはいかない。なかなか会うことのないキャメロンへなんとか告白せねばならない。待っててキャメロン。僕も首ったけになりつつある。

 

ここ一ヶ月の自分はまだ確証もない中で少なからず「こーのズボラ人」と架空の人物に懐疑心を向けていたことは事実だ。自分から見える世界だけを思考材料にして論じる危なさをまざまざと思い知った。想像力は天ほど高く、思いやりは海ほど深く持つことを心掛けないと、いつまで経っても見た目は子供、頭脳も子供のままだと自分自身に言い聞かせたい。